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城井美礼のストーリー

  • mkii93
  • 6 日前
  • 読了時間: 14分

「会社を生きる」ことをやめて、自分の人生を生きるまで



私は、4人姉弟の末っ子として生まれました。

長女とは13歳、

次女とは12歳、

長男とは10歳離れていて、

兄や姉が大きくなった頃に、

ぽつんと生まれた末っ子です。



子どもの頃の私は、

とにかくおしゃべりで、

自分の世界に入り込むことが得意な子どもでした。

家族からは、

上の姉や兄たちが育った頃と比べられ、

「美礼ちゃんは贅沢」「甘やかされている」

と言われることもありました。



そんな私が小学3年生のとき、

長女が交通事故で亡くなりました。


そのとき、私は初めて両親の涙を見ました。


当時、ほかの姉や兄はすでに家を出て自立していたため、

長女を亡くした後の、

悲しみが漂う家の中に残っていた子どもは私だけでした。


幼いながらに、

「絶対に両親を大事にしよう」

「両親を悲しませないようにしよう」

と、心のどこかで決めたのだと思います。


その思いは、今も私の生き方の根底にあります。



人のために尽くすことを学んだ大学時代


中学・高校時代は陸上競技に取り組んでいました。


しかし、

ケガを繰り返し、

思うような結果を出せず、

自分に合ったトレーニング方法も分かりませんでした。











「自分のように、やり方が分からずに悩む人を支えたい」


そう考え、

当時、スポーツトレーナーについて

専門的に学べる数少ない大学だった

国際武道大学へ進学しました。


ただし、大学を選ぶときから、

卒業したら必ず熊本へ帰ると決めていました。




大学時代の恩師から教わったのが、

「人のために尽くす」というトレーナースピリッツ

です。


その後、

私の仕事はスポーツトレーナーとは違う方向へ進みましたが、

この考え方は、

今も人を支援するときの基盤になっています。



就職がうまくいかず、家に閉じこもった23歳


大学卒業後は、約束どおり熊本へ戻りました。


しかし、

当時はスポーツトレーナーの仕事そのものが少なく、

地方の熊本では、

学んだことを直接生かせる

就職先を見つけられませんでした。



最初はマッサージの仕事に就きましたが、

本当にやりたい仕事ではなく、

半年で退職。


その後、広告代理店で飛び込み営業の仕事を始めました。


しかし、営業の仕事はまったく自分に合いませんでした。



うまくいかない日々が続き、

次第に家に閉じこもるような状態になっていきました。




そんな私を見かねた母が、

知り合いの市の保健師さんに相談してくれました。



その方から紹介されたのが、

ソーシャルビジネスに取り組むベンチャー企業の社長でした。


ちょうどNPO法人から株式会社を立ち上げるタイミングでした。

安定した会社を探して、あえてベンチャー企業を選んだわけではありません。

本当に、たまたま巡り合ったご縁でした。



けれど、

行き場を失いかけていた私を拾ってもらったように感じた私は、


「この恩を、仕事の成果で返したい」

と強く思いました。





「私が頑張れば、会社はよくなる」と信じていた


23歳で入社し、

市町村から委託された高齢者の介護予防事業や、

メタボリックシンドローム予防、

運動施設の運営などに携わりました。



入社3年目には、

人材育成室長に任命されました。


立ち上げ期から社長と関わる機会が多かったこともあり、

適任だと判断していただいたのだと思います。



会社は、約10名から200名を超える組織へと成長しました。


私は、人材育成の仕組みを作り、

社員に定着してもらい、

少しでもよい会社にしたいという一心で働きました。



特に力を注いだのが、

毎年開催していた新入社員合宿です。


新入社員一人ひとりを観察し、

その人を支えるメンターも観察する。


それぞれが

自分のスタートラインに立てるように、

支援し、

フィードバックし、

合宿全体をコーディネートしました。


合宿の期間は、

普段の何倍ものエネルギーを注ぎました。



当時の私は、とにかく必死でした。


そして、心のどこかで、

「私がやれば、会社はもっとよくなる」

と信じていました。





大切にしていた人が、会社を辞めていった



会社が急激に大きくなる一方で、

教育やマネジメントは

追いつかなくなっていきました。


社員の入れ替わりも激しく、

管理職は疲弊していました。



私の右腕として働いてくれていた社員も、

メンタルの不調を抱え、

退職していきました。



そのとき初めて、

「マネジメント症候群」

という言葉を知りました。



入社したときには、

あんなに目を輝かせていた人が、


新入社員合宿では

自分の未来に希望を持っていた人が、

数か月後には肩を落とし、

暗い表情で会社を辞めていく。



その姿を見るたびに、

疑問が膨らんでいきました。


人にとって、

働くことは、

もっと幸せな時間であるべきではないのか。




その疑問が、

後にキャリアコンサルタントを

目指す原点になりました。





正しいと思っていたことが、通用しなくなった


会社をもっとよくしたい。


社員を支えられるようになりたい。



その思いから、

産業カウンセラーや

キャリアコンサルタントの資格を取得し、

外部研修にも自費で参加しました。



私は、

会社のために必要なことを

学んでいるつもりでした。



しかし、その行動が、

周囲からは違う形で受け取られました。


「自分勝手に行動している」

「職権を乱用して、連続して休みを取っている」



そう誤解されていたことを知りました。


会社のためにやってきたことが、

会社の中で理解されていなかった。



その事実に、心が折れました。



次第に会社へ行けなくなり、

現場の仕事には何とか行けても、

それ以外の関わりを遮断するようになりました。



仕事以外の時間は、

布団を頭からかぶり、

外の世界をすべて遮断していました。



本当は、きつかった。

本当は、分かってほしかった。


けれど、

当時の私は、

それをうまく言葉にすることができませんでした。





脳動脈瘤が教えてくれたこと


その頃から、動悸が頻繁に起きるようになり、

いくつもの病院を受診しました。


動悸の原因は、

結果的にはメンタルの不調によるものでした。



しかし、

検査の過程で脳のMRIを撮ったことにより、


偶然、脳動脈瘤が見つかりました。


そして、手術を受けることになりました。



脳動脈瘤が見つかったことで、

私は初めて、

自分の人生を真剣に考えました。



これから先も、

会社のためだけに生きるのか。


本当にやりたいことをせずに、

人生を終えてよいのか。



そのとき、私の中に浮かんだ言葉がありました。



「今までの私は、自分を生きていたのではなく、会社を生きていた」



会社をよくすることに必死になるあまり、

自分がどう生きたいのかを

後回しにしていたのです。



だから私は、

自分の人生を生きよう。

自分が本当にやりたいことをやろう。


と決め、12年間勤めた会社を退職し、独立しました。





半額の刺身も買えなかった独立生活


独立後、

知り合いの会社との契約を

何とか取ることができました。


しかし、

営業や収入に対する不安は、

常につきまといました。



「本当に自分一人でやっていけるのだろうか」



スーパーで半額になった刺身を手に取っても、

それさえ買うことをためらい、

涙が出たこともあります。



それでも、

キャリアコンサルタントとして

従業員の方と面談し、


その方が本音を話してくれたとき、


「独立して、この仕事をしてよかった」


と初めて思いました。



ただ、最初からうまくできたわけではありません。


ある会社で面談した従業員の方から、

後になって、

「詰問されているように感じた」

と言われたことを知りました。



私は

会社から求められた評価に沿って面談しようとしていましたが、

目の前の人との関係を十分に築けていなかったのです。



この経験から、

正しい質問をすることより先に、

安心して話せる関係を作ることの大切さを学びました。



それは今の、

答えは相手の中にある。

正しさを押し付けない。

相手の可能性を排除しない。

という支援姿勢につながっています。





独立翌年に訪れたコロナ禍


独立して少しずつ実績ができ、

これから営業を頑張ろうとしていた矢先、

コロナ禍に入りました。



予定されていた研修は次々に中止。


企業への訪問もなくなり、

収入の見通しが立たなくなりました。


その頃、現在の夫と入籍しました。


コロナ禍で収入がなくなる可能性を考え、

「一人暮らしをやめて実家へ帰ろうと思う」

と夫に話したことが、

プロポーズのきっかけでした。











その後、妊娠しましたが、

残念ながらその時の子どもは流産しました。


その出来事を通して、

社会保障の少ない個人事業主として、

将来子どもを育てていくことに、

大きな不安と怖さを感じました。



そこで私は、

個人事業を続けながら、

週20時間の正社員として働く道を選びました。



当時は

「短時間正社員制度」という言葉は知りませんでした。



ただ、

自分にとって一番都合のよい働き方を

探した結果でした。



実際に働いてみて、

「この働き方がもっと広まれば、子育て中の女性は働きやすくなるのに」

と感じました。



その後、

『週2正社員のススメ』という本に出会い、

自分が求めていた働き方が、

制度として整備できるものだと知りました。















著者を熊本に招いてセミナーを開催したことをきっかけに、

私は熊本を拠点として、

短時間正社員制度を広める活動を始めました。


自分自身のために探した働き方が、

やがて、

誰かの選択肢を増やす活動へと変わっていったのです。





一人で考えて、一人で作って、一人で迷っていた


個人事業、

会社の仕事、

広報、

企画、

資料作成。



私は、

複数の仕事を

同時に抱えるようになりました。



Instagramの投稿を考え、

構成を作り、

文章を書き、

画像を作る。



新しい企画を考えるために、

SWOT分析を行い、

競合をリサーチする。



分からないことを

自分一人で悩み、

時間をかけて作り、

答えが合っているのか分からないまま試す。



結果が出なければ、

また自己流で考え直す。



その繰り返しでした。


Instagramの投稿を一つ作るだけで、

丸一日かかることもありました。


リサーチに時間をかけても、

その意味や正解が分からず、

調べるだけで一日が終わることもありました。



やりたいことはたくさんある。

早く前へ進めたい。

それなのに、手が止まる。

いくら時間があっても足りない。

そう感じていました。



AIは、ただの流行だと思っていた


最初、

私はAIにほとんど

関心がありませんでした。



「今は流行っているけれど、そのうち当たり前になるだろう」

「当たり前の時代になった頃に、そこそこ使えればいい」


そう考えていました。



自分には難しそうだし、

今すぐ必要なものではないと思っていたのです。



ところが、

「使った方がよいのかもしれない」と思い始めた頃、

後に師匠となる方の講座の告知が目に留まりました。


何かに引っかかるような感覚があり、

受講を決めました。


最初にAIへ依頼したのは、画像生成でした。


しかし、最初からうまくいったわけではありません。



無料版ではできることに限界があり、

思った画像が出ない。



指示を出しても、

全体の雰囲気が崩れる。



AIが起こすハレーションにも悩まされました。



「やっぱり簡単ではない」



そう感じる一方で、

具体的なプロンプトを知ったとき、

AIから返ってくる答えが大きく変わりました。



その瞬間、思いました。



「えっ、AI、すごいじゃん」





一日かかっていた仕事が、30分になった


AIを仕事に使うようになって、

特に変わったのは、


Instagram投稿、

資料作成、

企画づくりです。



一日かかっていたInstagram投稿が、

30分ほどで形になるようになりました。


AIは、

私の代わりに

すべてを決めてくれる存在ではありません。



しかし、

最初のたたき台を作り、

頭の中にあるものを整理し、

別の視点を提示してくれます。



一人で悶々と考え続けていた時間が、

AIと対話しながら前へ進む時間に変わりました。


その後、

歯科医院の人材育成を行う会社で、

忙しい歯科医院の業務短縮や効率化に役立てたいと考え、

AI講座を開催しました。


さらに、

会社の事業を

属人的な運営から

DXへ移行する流れの中で、

アプリ開発にも挑戦することになりました。



AIを使い始めたことで、

  • eラーニングの提供

  • アプリ開発

  • AI基礎講座

  • 整骨院の福利厚生プラン

  • 新しいサービスや企画の提案

など、


以前なら考えているだけで止まっていたものを、

実際に形にできるようになりました。


もちろん、

今でもプロンプトがうまく伝わらず、

思った答えが出ないことはあります。



AIを使えば、

何でも一度で完成するわけではありません。


それでも、

失敗したら、

伝え方を変え、

修正し、

もう一度試すことができます。



一人で正解のない問いに悩み続けるよりも、


ずっと早く、


前へ進めるようになりました。





それでも、人生から苦労がなくなったわけではない


AIを使えるようになったからといって、

人生の問題がすべて解決したわけではありません。



私はその後も、

妊娠や出産にまつわる大きな喪失を経験しました。


勤務していた歯科の人材育成会社では、

あることをきっかけに業績が大きく変化し、

最終的に会社都合で退職することになりました。



さらに、

家庭の中でも経済的な問題が明らかになり、

先の見えない不安を抱えることになりました。



自分の人生を振り返れば、

決して順調ではありません。



ようやく前へ進めたと思ったら、

また予想もしなかった出来事が起こる。



何度も立ち止まり、

何度も考え直してきました。



それでも今、私は、


新しいことに挑戦できる。

新しい機会を作ることができる。

まだ形にできることがある。


と思えています。



その理由の一つが、

AIというアシスタントを持てたことです。



AIは、

私の人生を代わりに変えてくれる存在ではありません。



けれど、

頭の中が混乱したときに整理を手伝い、

やりたいことを具体化し、

次の一歩を考える力を貸してくれます。



どん底にいるように感じるときでも、

まだできることを一緒に探せる存在です。






忙しくて、ITが苦手な女性にこそ届けたい


私は、

AIやITが苦手な人にこそ、

AIを使ってほしいと思っています。



特に女性は、

仕事以外にも多くの役割を抱えています。


家事、育児、家族のこと。



限られた時間の中で、

自分の仕事や事業も前へ進めなければなりません。



私自身も、

「全部、自分でやらなければならない」

と思っていたというより、


自分でやるしか方法がない

と思っていました。



一人で考え、

一人で調べ、

一人で作る。




時間がかかることで、

やろうとしていた企画が止まり、

募集のタイミングを逃し、

せっかくの機会を失う。



その苦しさを知っています。


だからこそ、

同じように一人で仕事を抱えている女性に、

AIという選択肢を届けたいと思っています。



AIを使うことで、

今までできなかったことが、

できるようになる。


頭の中だけにあったアイデアが、

商品やサービス、

発信、

企画として形になる。



止まっていた仕事が、

少しずつ前へ進み始める。


その感覚を、

ぜひ知ってほしいのです。





あなたにも、まだできることがある


私は、

順風満帆な人生を

歩んできたわけではありません。



仕事がうまくいかず、

家に閉じこもったことがあります。



会社のために頑張ってきたことを理解されず、

心と体が動かなくなったことがあります。



病気が見つかり、

自分の生き方を考え直しました。



独立後には収入がなくなる不安を経験し、

大切な命を失う経験もしました。



仕事を失い、

家庭の経済的な問題に直面したこともあります。



それでも、そのたびに、

「今の自分にできることは何か」

を考えてきました。



できない理由を探せば、

いくらでも見つかります。



けれど、

どのような状況にいても、

できることはまだあります。



そして、

自分一人では見つけられない可能性も、

誰かと話したり、

AIと対話したりすることで見えてくることがあります。



私が伝えたいのは、

AIを使えば、簡単に成功できる

ということではありません。



AIを味方につけることで、

自分の考えを整理し、

やりたいことを形にし、

自分の力で人生を前へ動かしやすくなるということです。




今のあなたが、

「何から始めればよいか分からない」

「やりたいことはあるのに、手が止まっている」

「自分にもAIが使えるのだろうか」

と感じているなら、大丈夫です。



私も、最初はAIをただの流行だと思っていました。



それでも今は、


AIの力を借りながら、

仕事を形にし、

新しい可能性へ挑戦しています。



あなたにも、

できることはたくさんあります。


その可能性を、

最初から諦めないでほしいと思っています。



「私にもできるかもしれない」



そう感じた方は、

まずは個別相談で、


今抱えている仕事や、

これから形にしたいことをお聞かせください。



AIを使って何ができるのかを考える前に、

あなたが本当は何を実現したいのか。


そこから一緒に整理していきます。


最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。



少しでも共感していただけたら、

どこかでお会いできることを

楽しみにしています。



城井美礼(きいみれい)

キャリアコンサルタント事務所ヒトト代表


 
 
 

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